鳥羽旅館 とうし荘:〔鳥羽 旅館 答志島 旅館〕:新鮮な伊勢海老、鮑、魚貝類をたっぷり使ったお料理が自慢の宿
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このページをプリントアウトして、ガイドブックとして奥深い歴史の中に登場する
各名所旧跡をおまわりください。


この島は、古く飛鳥・平安の昔から都と東国を結ぶ最短距離として、鳥羽を出た船が風待ち等のため早くから開けた島です。この島から平城京にさし出された海産物の木簡も見つかっています。持統天皇のお供えでこの地を訪れた柿本人麿は『釧着く答志の崎のけふもか母大宮人の玉藻刈る羅ん』と詠んでいます。この歌碑は八幡社の境内に立てられています。
答志島観光地図
※名所史跡名をクリックすると説明文へジャンプします。
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サンシャインビーチ
当館から徒歩1分か2分のサンシャインビーチは南国を思わせる青い空と青い海が透き通るようなキレイな海水浴場です。
夏になれば、小さいお子様連れのご家族やカップル・グルーブでにぎわいます。船で行く海水浴も一味違ってGOOD。思い出深いアルバムが出来るはず・・・。
ぜひ、お友達をお誘いあわせの上、お越し下さいませ



戦国時代水軍の勇将、九鬼嘉隆は、鳥羽に本城を構へていました。織田、豊臣に仕へ、いくつもの戦功をたてました。慶長5年関ヶ原の戦いに三成の陣営に加わります。息子の守隆は、家康の陣に父子相対することになりました。西陣が負け嘉隆はこの島に逃げのび洞泉寺に身を寄せます。息子守隆は、家康に助命を願い許されるのですが、自害をするのです。嘉隆の胸中は世のむなしさを悲しんだのでしょうか。敗将として生きながらへるのをよしとしなかったのでしようか。
今、墓は胴塚、首塚と2つ残っています。せめて首だけでも海の見える岬の頂に埋めた村人のやさしさが偲ばれます。


九鬼嘉隆墓
胴塚
初代鳥羽城主で、水軍の将として活躍した九鬼嘉隆(1542〜1600)は、関が原の戦いで、石田三成率いる西軍方についたが戦いに敗れ、ここ答志島和具の同泉庵で自刀した。ここに残る胴塚は慶長5年(1600)にその子守隆が、建てたものを嘉隆の孫隆季が寛文9年(1669)に再建されたものである。
(鳥羽市教育委員会)



九鬼嘉隆墓 首塚
首塚
築上山頂の九鬼嘉隆墓「首塚」には、九鬼嘉隆の首が祀られている。<DIV>自刀後、胴部は同線庵(胴塚)に葬られ、首部は伏見城の家康のもとに実検に供され、持ちかえられた後、ここに葬られたとされている。(鳥羽市教育委員会)



見 晴 台
見晴台
胴塚、首塚を見学した後はきれいに整備された遊歩道を歩きながら山頂まで登ってください。港に浮かぶ何隻もの船と透き通る海、深緑の山々、鳥羽湾に浮かぶ島々、知多半島が一望できます。この海で400年前に九鬼嘉隆率いる九鬼水軍が活躍していたことを想像すると神秘的ですね。。『歴史を秘めたロマンの島』というキャッチフレーズで呼ばれることに納得。
塚から下り右手へ辿れば『大井戸』があります、漁村の中心です。いく代も使われた井戸がそのまま残り、清水を湧かしています。少し歩を進めますとすぐ島の後側に出ます。正面に神島、左に島崎藤村が『椰子の実』を作詩した渥美半島が横たわっています。



答志灯台
答志灯台
答志漁港に突き出た白亜の灯台です。一年を通じて伊勢湾の魚や黒潮から上ってくる魚が釣れるフィッシングポイント、県内外からの釣人でにぎわっています。



美多羅志神社
みたらし神社
みたらし神社は子宝の神様として有名です。。
「ご夫婦で(メス・オス)の鮑をお供えして願わくば、目の美しい美男美女の子の授かるよう祈りましょう。」

1.家内安全
2.商売繁盛
3.子授けの神
4.豊年豊漁



潮音寺
潮音寺
島の岩屋山の山腹にある潮音寺には、弘法大師・空海の作と伝えられる観音像が ある。この観音像は昔、山の中腹にあった観音堂に安置されていた。一時は参拝者も 多かったが、そのうちに堂を守る人もなくなり風雨にさらされていた。これを見た三 河国の和尚(樹王是秀)が嘆き、地元の人々と相談して現在地へ移して安置したとの伝えがある。 この潮音寺の観音堂には、弘法大師作と伝えられる観音像のほかに聖観音像などが まつられており、三重梅花百観音霊場のひとつとして信仰を集め、観音信仰の参拝者 が多い。



八幡神社
小さな八幡橋を歩いて渡る海の安全を祈願する八幡神社があります。
この地、答志島を愛した歌人・柿本人麻呂がこの島を詠んだ句が、歌碑に刻まれ残されています。
釧着く答志の崎のけふもか
母大宮人の玉藻刈る羅ん

八幡橋 柿本人麻呂歌碑
八幡神社



西行法師歌碑
西行法師歌碑
『さきしまの小石の白を高波の答志の浜に打ち寄せてける』
【説明文を拡大する】

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蟹穴古墳
蟹穴古墳
古墳は、標高28mの所に位置する。横穴式の石室には、天井石及び石室の上半部が既に失われているが、7世紀頃に作られたとされる台付長頸瓶が出土している。この土器は和洋化された奈良時代の須恵器を代表するものとして定評があり、平成11年に国の重要文化財に指定され、現在は東京国立博物館に保存されている。



岩屋山古墳
岩屋山古墳
古墳は、山頂約80mの高所に、石室がほぼ完全な形で残っている。直径22m、高さ2.5mの円墳である。内部は南南東に開口し、奥行き全長8.7mの両袖式石室で、天井には大きな6枚岩が置かれている。副葬品は残っていないが、市内に数多くある古墳の中で、石組の原型をそのまま残す数少ない古墳の一つである。(鳥羽市指定文化財 史跡指定、昭和44年11月21日)



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